※下記の日付が間違っている。実際の日のちは分からない。
2017年4月12日調査現在。末永静行



「福岡修行時代、末は大関か横綱か」(S24年12月~S25年4月の間)

S,44,5,20,105巻


 終戦、そして引揚げ、そして、お商売をさして頂きましてお商売が、もうそれこそ、置いたものを取るように、とんとん拍子にこのままでいきゃあ、本当に、大きな御用のひとゆも出来る様な、お陰が頂かれるぞと、まあ、その当時は思うた。また、神様への願いも、どうぞ、大きい大商人を目指さしてもらい、大商人にならしていただいて、沢山な利益を頂いて、そして、それによって、神様に喜んで頂く様な御用でもどんどんさせて頂く様な願いに、燃え立っておった。資本も無いのに神様は万事万端にお繰合わせを下さって、間違いの無い働きを見せて下さる、有難いなあと、……
 けれども、そう言う有難いと言う信心、そう言うお陰の時代は言わば束の間であった。それから反対に右に願えば左、左に願えば右と言った様な状態の中に入っていった。ところがです、いわゆる神信心が出来ておった。日頃のお話をよく頂いておった。そしていよいよ気付かせて頂く
 その頃は商売が繁盛しないというだけでない、家の中には次々と不幸な事が、起こってきた、兄弟達の葬式を次々と……言わば、私の実弟、妹婿、又は家内の兄弟、それも全部私の家にかかって来る様な難儀が次々と続いた、けれども、その頃にはいわゆる信心しておったから、神の大愛が段々分ってきておったから、神様の言わば、御神意を分からして頂こうと言う事の信心に一生懸命にならせて頂いた。かてゝ加えて、商売は、言わば反対の方へ、反対の方へ、なっていったけれども、その事に非常に……
 例えばこう言うことがあった。もう商売が出来ない、借金は当時、私にとっては山程の借金、その借金の利上げも出来ない。それでまあ断わりに行かなければいけない、仲々、借金の断わりというものは、二辺、三辺なら良いけれども、それが度々重なってから、嘘から嘘になって参りますと、誰でもよい顔は致しません。
 それでもやはり、何時々々払うと言うとりますから、払えんなら断わりにいかにゃならん。そのまま放ったらかしところうごとあるけれども、それでは信心にならぬから、やはり断わりにやらせて頂く、そう言う様な時ですネ、   私はこちらに帰って来ておる、福岡で商売やらせて頂いておりましたから、福岡の方へ支払い行かなきゃならん、私は大城から大城の電車を利用して、そして急行電車で福岡行きを致しておりましたから、その日も借金の断わりに、まあ参りました。仲々足が重い。
 丁度、私が大城の停留所へ参りましたら、電車が出た後であった。そこに私の子供の時分から知っておる善導寺の小川さんと言う桶谷さんです、年配も変わりない位の人でしたが、大坪さん何処へ行きよるかと、私しや福岡へいきよると言う様な話からですネ。
 その小川さんが電車を待っておる間に、私に色々話される。昨日、私しや旗崎で照国でしたかネ、相撲が有った。相撲見に行った。善導寺に来たときに自分の息子を抱いてもろうて写真に写ったから、昨日はそのお礼に行った、…と、久保山さんの酒屋に桶谷さんで行かれるから。当時はお酒なんか配給で仲々手に入らない、それで酒屋さんに知っとりますから、訳を言うてから、その当時の特級酒だったでしょう、特級酒を一本分けてもろうて照国の所へ挨拶に行ったわけです。
 それで朝早ようから、稽古時分から行って、相撲見物に行って、その良いお酒を飲んでもらおうと思うて持って行った。
 ところが根からの好きだもんですから、持っていっとったんだけど、それを少しずつ、手かけてから、結局、飲んでしまったと言う話じゃった。
 その日も大分お酒が入っとる様な状態でした。とうとう照国に合わんなりに、昨日一日過ごしたがですネ、とても、とても、あの日も、その時も、旗崎から一人相撲の弟子に行ったという人があったと聞いたが、とても相撲の弟子どんやるものじゃなかですよと言う事でした。そりゃ稽古相撲の時から見よったが、もうそれこそ、それこそもう、師匠ですかね、先輩の相撲が、もう、取っては投げ、取っては投げ、もう這いも立ちも出来んごと、もう相撲とりよるですね。 弟子達を投げる、終いには、這いも立ちも出来んごとなって、ごそごそ土俵の外に這い出そうとするとを、又、ひっつかまえて投げるんだ。あれを見たら、親が見たら、もう、とても、とても、相撲取りの弟子だんやられん、私しや、
そう言う稽古相撲見て来たと、私にしくれるんです。
 私はその話を聞かせて頂いてから、もう、それこそ自分の身につまされる思いが致しました。言うならば、一生懸命信心の稽古をさして頂いておるけれども、もう立ちも這いも出来ん位に実をいうたら、金銭の方でですね、私は神様に鍛えられておった訳ですから、けれども、そんとき、感じた事ですけれえどもネ、例えば、此の弟子は鍛えれば力も出る、鍛えば、良い相撲になると言うメドがついとるからこそ、鍛えるのですね、私はそん時そう思うた。まあ、言うなら人の真似の出来ん位な信心をさしてもらいよった。あゝたの真似は出来んと言う位に一生懸命、信心の稽古をさしてもらいよるにもかゝわらず、難儀は次々に続いてゆく、……
 その日も借金の断わりにやらせて頂いておる。その、言うならば、足の、重い足を引きずる様にして借金の断わりに行きよる。
 又、人の、その又、大坪さん又しらごと言いに来たとかと言われる様な中でしたからネ、もう、本当に難儀な事でございましたからネ、
 けれども言うなら、その相撲取りが土俵の中で先輩から取っては投げられ、もう這いも立ちも出来ん位に稽古をつけてもらっていると言うことは、その人に対する、弟子に対する願いが大きいからだと私はおもうた。
 今こそ、こうやって投げられて、這いも立ちも出来んごとしとるけれども、これは末はやっぱり横綱か大関かと神様が目を付けておって下さるから、こう言う修業さして下さっておるんだとゆう様な思いが実感として湧いてきた。
 そしたら不思議に元気が出てきた。不思議ですネ、心の中に一つの、ファイトが湧いてきた。
 そして神様に対してです、もう、神様この様にして迄、教えて下さってある
事が有難いとゆう、もう、有難い一杯で、福岡へ借金取りの断わりに行った。 今迄は、何回も何回も嘘になっとりますから、えげつのう言うて、又、断らせて頂くと、又えげつない事言われる、もう私はですねえ、その人の家に断わりに行って、家の中に入りきらん事が何回も有った。家の回りをぐるぐる回ってから、思い切って、入ろうと思うけれども入れない、それでも、生神金光大神さまを唱えて、入って行って、今日も又済まんけれども、こうこう言う訳で、お金が払えないと、…… 
 まあ、それを言うと、今言う様に、又すらごとを言いげに来たかと言われる様な中にあってです、もう、その日だけはです、心がもう生き々々としてはずんでおった。有難いと言う心ではずんでおった。ですから、もう修業とも感じん位に有難い心で、断わりにやらせて頂いた。
 そしたら、その時にですねえ、「もう大坪さん、よかですよ、断わりに来んでも、もう、あんたが払える時に払わんの、」と言う様な事を、その人が言うて呉れました。もう本当に渋々、苦しい苦しいで断わりに行く時には、もう、それこそ、踏んだり蹴ったりの様な修業を感じておったけれども、こちらの心が、生き生きと有難うなって、いわゆる神の大愛を感じて、神様がこんなにして鍛えて下さる、それは、丁度相撲の弟子達が、先輩達から、取っては投げられ、取っては投げられ、這いも立ちも出来ん位に鍛えられる様に、今こそ、私は鍛えられておるんだと言う思いがネ、私に、いよいよ元気な心を作ってくれた。
 いや、それが有難たかった、神様が、此の様にして鍛えて下さる、と言う事が有難かった、その有難い一念、有難い思いで、福岡にやらして頂いたら、もう、それこそ、手の平をかやす様なお陰であった。
 私は、何時も、ですから、このお陰を頂くと言う事の心境と言うか、心の状態と言うものは、それが必要だとゆう事を感じますがです、言うなら、今日の御理解頂きますと、神の大愛を知った訳です、その様な事から…言うなら神の大恩を知った訳です。