昭和41年08月11日 朝の御理解



 例えば歌舞伎のお芝居、矢張りだんだん年を取る程、芸が熟して行きますね。芸が細やかに上達して来る。いわゆる、芸で見せる訳です。若さとか力とか云うのじゃなくて、いわゆる芸で見せる。ですから、大写しに写真なんかで見たり、テレビなんかで見ますと、もう七十にも八十にもなると云う、お爺いさんが若衆になったり、娘役をしたりしております。それが舞台で見ると、本当にあれが十八の娘に、見えるんだから素晴らしい、芸と云うものは。
 ですけども、それを大写しにしましたり、写真に撮りましたり、致しますとですね、矢張り隠せないのが、皺です。けれども、舞台で動いておる、芸の完成に近いと云う様なその芸ですね、名人なら名人に、なる程それが年寄りを感じさせない。本当に十八なら十八の娘の、色艶が漂うと云う様な、芸が御座います。かと云うて、又若さに溢れておるはち切れんばかり。 
 なるほど、芸そのものは未熟でありましても、若さにものいわせると、私是を信心といやぁ、椛目の場合、信心と思う時にどちらの方だろうかと思うんです。でも私共、椛目の場合は、荒削りながら矢張り、椛目とは若さがある。それは信心がまだ若いと云う意味ではないですよね。信心にはそれこそ溢れる様な若さ、昨夜の月次祭なら月次祭、それこそ私共あちらこちらに参らせて頂きますとですね。
 御月次祭ともなれば、まあ年寄りの方が多いんです、もう皆んなうちわを使っておる人がおるなかったら( ? )しまっておると言う様なのが多いいですね。所がもうむんむんす様な、ここいっぱいに人が入るもんですから、それでもやっぱりちゃんとその男の方は殆どが上着を来こんでお参りしておる。それなのにある人は蒸し風呂に入った様であろうけれども、うちわ一つ扇子一つ動きません。
 私昨日の御月次祭に一番初めに御説教で申しました様に。聞くも修行なら語るも修行、もう汗は出るけど誰ぁれん( ? )私も一生懸命で汗ブルブル皆さんもでしょ。それでいて汗を感じないそれでいて暑さを感じない。お話が済んでしもうてああ今日は暑かったと云う事で、と云う風に私は一人一人の顔を見てそう云う風に感じるのです。椛目には若さがあるお話は下手、信心の技巧と云うのはまずいかも知れないけれど。椛目の場合はお芝居の上で云うなら、若さ溢れておると云う様なものを感じるんですね。
 最近は、学生会の方達が、お月次祭の日には、大掃除を致します。十七、八名位集まりまして昨日も二時にきちっと、時間励行で集まって参ります。若先生が指導して、いろいろ信心の教励をする、それから、御月次祭の準備の御用をさせて貰います。大掃除ですですからもう、掃きよるでも何でも勢いのある事ですね。みんな高校生、大学生の方達ばかりですから、昨日でもガラスを押し割ってしまってから、ガラスを割ってからと云う様な勢いがあるんです。
 ガラス割れたっちゃ良かばってんが、怪我だけせんごとせんのと云うぐらい、お掃除一つにでもとにかく生き生きとして拭きあげています。御月次祭前に、丁度御大祭前のお掃除の様に、御月次祭たんびにそういう、御用を致しております。家内がほんとにもう若先生に言いよる、あんたばっかりはもう、若い学生さん皆んな集めてから、あんた御月次祭前になにが御用がでくるの、もう夕方はあんたもう十何名。
 言わなくても何十名の食事を準備せんならんのに、ほらぁ夕方とっても、その食事の事だけでも大変な事なのにと、言いよりますから私がそれでもあの、そんな事はもう御用が出来るとか出来ないとか、垢抜けするとか、そげな事ではなか。皆んなが椛目に集まって来てです、それこそ押し上げた勢いで、御用させて頂いて居る、その事が有り難いのだと若先生に話した事で御座いますけれどもね。
 そういう私共椛目の場合にです、銘々がひとつ若さを感じさせて頂けれる様なおかげを頂かないけん。おかげでもうだからそういう意味合に於いてのです、おかげなんです。御月次祭が済んでからで御座いました。むつやの田代さんがお届けされるのです。あれは二、三日前だったですね、和枝さんの出産。縁についとります二番目の娘さんが、出産のおかげを頂いとります。こりゃどうもその異常出産の様で、ですから親戚の産婦人科で入院させていますけど。
 今朝ももうきつかろうごたるけど、毎日やっぱりお参りして来るんですよね、そりで丁度あの青年会の方が、それに少年少女会の方達が、海水浴に参りました日で御座いました。それで重要な方達だけでは足りませんから、青年会の人達が五、六名応援に出ておりました。中にむつやの和枝さんの妹になります、さえ子さんも自動車の運転が出来ますから一緒に行っておりました。 
 ですからその時疲れ切っているんです。それにもう十一時過ぎてからお母さんがお参りすると云う。お姉さんの和枝さんも毎日お参りしているから、お参りすると言うもんですから、二人乗せてやって来て。私も休もうかと思よよるところに参って見えました。その翌日来てからですね、先生昨夜広大なおかげを頂きましたと、さえ子さんが言いますけん、どうしたと云うたら、昨夜帰りがけにどうも本当に。神様の前知らせじゃったじゃろう、どっかあの川島と言うところで。
 道の真中で、黒百合が動かすそうですもん。和枝さん、あの用心して行けと、神様がお知らせ頂いたとバイ、だから用心して行かないかんと言われながら、やっぱ昼の疲れが出て居眠りしておる。田主丸のちょっと手前の(   ?   )出発させて頂いたんですけれども、本当に先生びっくりしましたが、もう恐らく、片方の車は溝の上をこう行ったじゃろうと云う。
 やっぱちょっとショックもあったそうですが、そのお腹の大きい姉さんの和枝さんが助手席に乗っておった。そで横の人がハンドル握ってきったそうです。和枝さんがそのショックでですね、もうその催しが始まった訳なんです。それでもうほんと病院に行ったつと生まれたつと、それこそ本当に安産のお繰り合わせを頂いたと、なかなか若さがあるでしょうがおかげでもね。
 ああ今日はもう遅かったからと云うのではなくてです、それでもやっぱり十一時半位からでも、お参りして来ると云うその元気なんです。わざわざまあちょっとショックで御座いましたでしょう、びっくりもしましたでしょうけれどもです、その時やっぱり身体のショックがあったでしょう、それが出産言わば難産じゃなかろうかと云うて、心配して居られた先生も、自分達もその心配しておりましたけれど、難産どころじゃはない、本当にあれが切っ掛けになってから。
 もうほんとにおかげ頂いてですね、親子共にご主人( ? )切っ掛けであれと同じ時間で御座いました、とこう云う事で、お届けで御座いましたけれども、皆さんいろいろおかげ一つの中にも、何か若さを感じるでしょうが。成程それは技巧的にはもっともっと精進しなければなりませんけれど、それこそ荒削りながらも、矢張り神様が私共の上におかげ下さる、その現れなさる形にもです、荒削りながらも、おかげだけは見事に受け止めていって居ると云う事。
 椛目の場合、どんなにひいき目に見ましても、歌舞伎役者の七十にも八十にもなる、お爺さんが若い役をしてです、舞台では、そういう若さと云うか、色気を漂わせる様な、技巧と云うものがあるでしょう、けれどもです、信心もやっぱりそうです。何十年もの経歴を持った、教会なんかでは、なかなか垢抜けしたものではありますけれども、垢抜けこそしてはおらんけれども。
 生きた神様をはっきり表して行きよる、又表して行こうとする、信心の修行の態度と言うものはです。矢張り若さに溢れておる。生き々としておる。今の椛目の信心にその若々しさ生き々したと云うものを欠いたら、椛目の信心の値打が無いとすら思います。勿論是が段々全ての上に於いてです、整うて来なければならん事は勿論ですけれども。お互いの信心の中に若さで暑さでも寒さでも、ふっ飛んでしまう位な元気な信心が、椛目では望まれて居る時じゃなかろうかとこう思います。
 四神様がある時に大変今年の様に暑い時だったでしょうね、汗をブルブルでお座りになって居られる。それこそ金光様毎日この暑いのに御神勤御苦労様で御座います、お暑う御座いましょうと云うて、ご挨拶申し上げると、四神様が仰った。1年の内に暑い寒いが三日とあろうかと仰った。それも三日とても気のせいじゃと、御自身汗ブルブルでお座りりになって居られる。それでもその中に暑さを感じる様な事はない。年に三日とない、その三日とても気のせいだと。
 四神様はお若くてお隠れになられた。四十才でおかくれになられた。三十才から四十才、十年間の御神勤であった。その十年間の御神勤の中に、言わばここに桂先生が御神縁頂かれおかげ頂かれた、言わば修行時代に生まれたのが九州のなんです。四神様の御修行時代に言わば九州は生まれた、九州のお道の信心と言うのはま、そういう様な意味合に於いてはです、私共の信心には矢張り若さを失ってはならん。そんな風に思いますね。  
   どうぞ。