昭和四十一年七月二十七日夜


今朝の御理解以来、色々考えさせられる御理解は、又、色々教えられる御理解でもあった。
 私は今日の 今朝の御理解に、今日は終日取り組ませて頂く、というのではなくて、色々考えさせられたんです。
 こういう御理解でした、神様にお縋りする他はなしと まあ色々の場合に特に行き詰まったり、見離されたり致しますと、信心しておれば何がなしに、そういう気になるもんですね、神様に縋る他なしという事は、私が改まる他なしという事だ という御理解ですから、私が改まるという事、神様にお縋りするという事は、関連を持たない様ですけれども、その 他なしという事が同じだという事、ね、あの そこんところを良く考えたんです。
 例えば、昨日福岡の あれは大橋におります、後藤さんという、娘時代に熱心にこゝに参ってきておりました。
 それが、一年程前から、大体があの ご主人が盲目です、目が見えられません、その上にたてゝ加えて、胃潰瘍何とかっていうその病気で、手術しなければならんけれども、医者も大変な状態だとかいう、今の 例えば目が見えない主人でも、今 とやこうと云う事には、年をとった姑親、それから二人の子供達、私を始め、いうなら路頭に迷わなければならない様な状態と、長い間ご無礼致しておりましたけれども、こゝに至りましたら、神様にお縋りする他なしと、こういう意味の手紙が切々と書き綴って、昨日来ております。それがその、そういう様な場合にですね、やはりその昔の縁を頼ってでも、神様に縋る他なしと いう事になってくるんですけれどもね、あの、他なしという事がですね、例えば私共、日々信心の稽古をさして頂いて、そんなら、私に何が出来るかと
 愈 障子一重がまゝならぬ人の身だと、いう事が分かれば分かる程です、実を云うたら神様に縋る他なしなのです。
 こゝ一寸動くという事が、神様のおかげを頂かなければ、出来る事ではないのですから、お縋りする他にないのです、んならお縋りする他はなしという事は、どういう事かというと結局、私が改まる他なしという事なんだ、そういう意味で私は、色々その 考えさせられたんですけれどね、やはり今朝の御理解の中に、例えばあの、神様任せは先生任せ、先生任せという事は、いわゆる船は帆任せ風任せだと、こういう様な生き方でおかげを頂くと、只それだけではです、愈ん時に帆を降ろしてしまったりとか、ね、神様にそのお任せしきらん、愈 その神風を帆にいつぱいはらんで、神様の御神意のまゝにそれが進んで行く、その帆をあやつるすべを知らないからだという様な ですから私共がですね、そこんところを信心が段々分からしてもらい、神様に縋るより他にないんだと、んなら神様に縋る他はないという一心の、そのお縋りはです、結論すると私が誰彼じゃありません。
 私が改まる以外にゃないという、いわば精進、そこに私は、いわゆるその船が同じ所をぐるぐると廻って、目的の地にも いわば夢にも思わなかった様なおかげの港にも、着かないという事は結局、どうどう廻りをしとる、ぐるぐる廻りをしておるだけだと、こういう事になる、ね、それは結局神様任せ、と帆をあやつっていくところのすべを、知らんもんじゃから、帆を降ろさなければ危ないという気になる、ね、ですから私共がそこんところを、私が改まる他なし という生き方で参りました時にです、それをあやつる事になるね、信心がひと所に止まってない、もう日々刻々神様に縋る他ないんだと、私共はね、縋る他ないんだから、私が改まる他ないんだという事になるのですから
 私の信心は、いやがおうなしに成長して行く ね、そこにいわばその帆も自由にあやつれれるところの、その風を利用してから、その神様の御神意のまゝに、その神の港に、いわば着く事が出来るのである。今日私が、あちらへ下がらして頂いてから、机にこう うつぶしてから休んでおった、そしたらその間にお夢を頂いた、まあいうなら一場のドラマである。
 どうもそこのお父さんというのが、こう患うて寝てある様なんです、それももう今にも難しかりそうなお父さん ですから、大事な事を息子にその、云うておかなければならん、遺言しとかなければならん、ね、ところが、その息子が少しどまぐれてから、出て歩いてからそこん丁度居合わせない、ということろに、まあ父親の急を聞いて馳せ着け、帰ってくる、と帰ってきて良かったというて、その何か知らんけど、宝の在り場所を遺言しておる様である、ね。
 ところがその「十のものを八っ」ぐらいまで云い終ったと思ったら、後の二つの 一番そこんところ聞かにゃんちいうところんなって、ガタッと その息が切れたという様なお知らせである。
 まあそれは、実感のない、言わばドラマの感じで頂きましたけれども、私共の、やはり日々のこの生活というのは、様々ある意味合いにおいて、神様の御演出の元になるところのドラマであると、私は思うんですけれどね。
 ねえ、本当にそれを聞かれなかった事も、残念ですけれど ね、それを渡せなかった親は、もっと残念だったろうと、こう私は思うですね、私共がそういう様な事で、おかげを頂けてない様な事であってはならない、そういうおかげを頂き止める為にもです、私共が今朝の御理解を、もう一辺色々に 私この事では色々に考えさして頂いたんですね。
 神様にお縋りする他はなし、という事がこの何かに直面して、本当にあれにも見離され、これにも絶望を感じた時に、神様に縋る他なしという程度からです、私共の信心が分かれば分かる程、なる程こゝ一寸動くにも、神様のおかげを頂かなければ、出来る事ではないという事を、分からして頂くのでございますから、障子一重がまゝならぬ人の身であるから、この御理解は日々私のもので、なからなければならないという事がです、神様にのお力にお縋りする他なしなのである、ですから絶えずやはり、んなら私自身が改まる他なしという事なんです ね、そういう意味で椛目の方達はですその「      」の様な意味での事に、事の難儀にぶつかつた時に、他なしというのではなくてです、もう日々が刻々が他なしという、そこにですね、開眼さしてもらって誰でもない、彼でもない私が改まっていく他なしという、信心にならなければならんのである、そこから、今まで例えばどうどう廻りをしておったおかげがです、又 矢を射る様な勢いで、その折角のつぶての様な早い風が吹いてくると、恐くて帆を降ろしてしまう、帆任せんなりよらん、こゝんところを、この帆をやつらせて頂くところの私は、おかげを頂かして頂いたらです、ね、何処に着くかは分らんけれども、夢にも思わなかった様なおかげというか、港に着く事が出来ると思うのです。 それには どうでも私共が、もうこゝんところに焦点をおいて、私が改まるより他なしという、私が改まる他なしという、そこに焦点をおいて、信心を進めていかなければいけない、ね。
 そういう信心が繰り返されておって始めてです、いわば隙のない油断のない、例えば放蕩息子ではなくてもですね、丁度そういう人ならば父が臨終の間に合わないといった様な、そういう何ていうですか、タイミングの悪い様な事ではない、私は、おかげが頂かれると、私共が本当に神様のおかげを頂かなければ、出来る事ではないね、神様にお願いする他なし、という事をです、日々それを刻々の中にです、私がもうどの様な事に、でありましても 私が改まる他なしという生き方にでいく様な信心からです、私は神様の願いというか、神様の下さろうとしておるおかげというか、そういうものを見事にキャッチしていけれる、それでいて神様も 言わば安心して下さる、この事を云い終って、この事を言い伝えさして頂いて、この事を伝えてから死んで行く親も、言わば満足に冥福するであろう様にです、それを受けた子供も、親のご恩という事を、愈、分かる事が出けて、幸せになる事が出来るであろう様にです、そういうおかげを頂き止める意味合いにおいてでも、今朝の御理解を愈私は、自分のものにしていかなきゃいけないと、一心に縋る他なしそれはそのまゝ、もう人ではない、私が改まる他なしという風に、観念を持たせて信心を進めていかなければならないと、いう風に思いますね。                   どうぞ。