昭和42年10月15日 朝の御理解


 昨夜もお祭りの御準備が丁度今朝の三時まででございました。私が休みましたのが三時三十分でございましたからほんの一時間ばかり、自分で休まなかった思ったんですけれども、やっぱり休んだんでしょう。とろっとしたんですね。その間お夢を頂いた。
 客殿に軸が一本掛かっとりますけれども、あの軸の横に又あれよりも大きい軸を一本掛けてある。それはあのニオクツイとかサンポクツイとかいうようなございますから、それに全然違った軸が掛かっている。というようなこげなつば、かくるからかえって見苦しいというような状態のお夢でございました。
 私思うのですけれども、確かにお祭りがお祭り当日だけがお祭りではなくてお祭りの一生懸命の皆さんの真心尽くしての準備そのものがお祭りだと私は思うですね。ですから、ほんとにお祭りの御用ぐらいはせめて一日ぐらい皆さん出て来なければ、お祭りをただよその御信者さんが今日はお祭りだけんお参りしようというのとは違うと思うね。ここで御縁を頂いてここで信心の稽古をさして頂いとるなら一日ぐらいは休んで何の端にでもよいから使うて頂こう。庭の草一本でも取らせて頂こうというぐらいな気持ちがなからなければほんとのお祭り頂くことにはならんと私は思うですね。ほんとにどれだけ致しましてもどれだけ致しましても行き届いたと思いますと、なかなかあれもしとここれもしとこ二時頃から大体昨夜の御用が済んでかけとりましたら、又今日表にテントを張られ受付がでけますので場所を決めとこうということで、どこがよかろうかあそこがよかろうかというようなことで又三時間四時間すぐ経ってしまう。それで一時間あまりここがよかろうということになったから、今日はここにこういう風にと昨夜練らせて頂いたところにそれがスムースにでけるわけでござます。そういうやはり行き届いた御用をする人達があってお祭りが出来ておるんですね。お祭りを拝むだけではいかんですばい、ね。
 ここの御信者さんであるならば、やはりお祭りの準備をさせて頂いてこそ。皆さんでもそうでしょうが。自分ところの村のお祭りという時前の晩からガメ煮も炊いとかならん、お饅頭も作ってとかならん、お掃除も一通りはしとかんならん。それで自分のお祭りでしょうが、ね。お祭り参り行こう。親戚の人がお参りに来るだけのことでしょうが。ね、それがお祭り。私は今朝のお夢から思うたんですけれども、過ぎたるは及ばざるが如しといったようなものを感じます。さあお祭りだから賑やかにというので、そこにも軸を沢山掛けたからというて却っておかしい。やっぱり一本中にすーとかかっておって座敷の具合もいいし見かけもいいわけなんです。だから、そのそういうようなことになってもならんのですよね。ですから、もうほんとに自分達各々がそれかといってこう見渡してみますと私、昨夜お便所がまだお掃除が出来ていないね、外掃が全然出来ていないね。ここの庭ならここの庭ひととこだけでも真からお掃除をさせてもらおう、ここのお便所だけでもひとつさせてもらおうというような行き届いた心くばりが各々必要ですね。というてそのお掃除でも狭いところに五人も十人も入ったからというて急に出来るというものでもないですから。それでいてやはりほどほどにというところもある。例えば、昨日外に装飾旗がたくさん立っとりましたでしょうが、あれはすっきりしていいですが、あれに私は又万国旗を張ったらかえってごたごたにならせんだろうか。それは張ってみなければ分からんことですけれども、折角手を入れてかえってごたごたしたんではそういうことが、過ぎたるは及ばざるが如しだろうと思う、ね。そういうような私はひとつの方針とかいうね。お祭りを御用をさせてもらう方針というものが今日はそういうところに置かなければいけない。過ぎたるは及ばざるが如し。いろいろございますでしょうね。先生方に昼食の一寸御直会前にお食事をおにぎりかなんか出るらしいですけれども、それに昨日はサンドイッチもどうでしょうかということであった。けれどもこういうこともやっぱ過ぎることだと思う、こう思うですから色々工夫してみて過ぎたことが、かえってせん方がかえってよかったといったようなものにならないように。というて真心だけいっぱい込め気を配らなきゃならん。例えば、お掃除といったようなものはどれだけさせて頂いてもいいですからね。拭いた上にも拭かせて頂いていいのですからね。いっぱいさせて頂かんならんものと、過ぎたるは及ばざるが如しというところもあるのですから、皆さんも今日は色々御用がございますでしょうがそういうところに焦点を置いて御用を頂かれたらいいと思うですね。  どうぞ。